あそう栄作の“みんな、どげえかえ”

熊本県益城町の復興市場・屋台村で素晴らしい出会い!

 9月10日(土) 寝具の日、晴れ

 朝6時に家を出発、熊本県の陸上自衛隊健軍駐屯地に向かった。殉職隊員追悼式に参列。
 任務遂行中に殉職された288柱の遺徳を偲び、哀悼の意を込めて、大分県を代表して献花をさせて頂いた。
 毎年なのだが、行政の対応について、災害時には派遣要請をして、大変なご尽力を頂くにもかかわらず、多くの県庁職員がいるにも拘らず、知事代理一人の出席すら出していない大分県の対応を疑問に思う。
 午前中の追悼式を終え、夕方の西部方面隊創隊を祝う夕べまで、時間がったので、地震被害の大きかった益城町まで、足を伸ばした。今月1日にも、その一部を視察したが、さらにひどかった地域まで足を伸ばした。一週間でも、復興の足音は、確実に大きくなっていた。重機や作業員の数も増え、被災家屋の解体工事が、一歩進み始めていた。
 丁度昼食時間帯だったので、復興屋台村に行った。復興工事を請け負っている作業員の方や、ボランティアの若者などでいっぱいだった。そうした方々から、現地の情報について、話も聞けた。若者の行動力には感服させられた。ただ、3か月もそこで活動している学生は、おカネの面で、苦労しているとのことだった。
 そこで、支援の為に、昼間だったが、生ビールにおつまみなど大いに貢献させて頂いた。帰りには、復興Tシャツも購入したが、もっと大人買いすればよかった。ホテルのチェックインまで時間があったので、水前寺公園にも足を伸ばした。例年、多くの開国人観光客が押し寄せているのだが、ほとんどいなくなっていた。干上がった水も回復していたものの、まだ、もと通りには戻っていかった。飛び石など、殆ど、姿が見える状態。まだ、7割方と言ったところ。
 夜の創隊記念祝賀会には、全国から歴代総監をはじめ関係者も参集し、400人程の皆さんでお祝いした。
 夜の熊本の街は、復興特需なのか、多くの皆さんで、夜遅くまで、賑わっていた。

プロフィール

Eisaku Aso

昭和37年1月20日生
自然派自由農業者
大分県議会議員
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