あそう栄作の“みんな、どげえかえ”

東端の街

  8月20日(土) 交通信号の日、晴れ

 RC交流事業2日目は、観光。私にとっての本当の夏休みとなった。
 朝食を済ませ、浦項市内の宿泊地から慶州良洞村へ。儒教文化が息づく典型的な貴族階級村という。ここへの訪問も3度目となった。大分で言うと、豊後高田の昭和の街。日本で言うと、高山の白川郷の様な感じ。ここには、英国皇太子なども訪れている。以前来た時に比べると、格段に観光地として整備されていた。県内観光地へも、世界のVIPを招待できないものか?
 暑い中、歩き回った後、再度、浦項に戻り、東海が見下ろせる美しい風景が自慢の九龍浦の日本人家屋通りへ足を伸ばした。かつてより東海の漁業権は、日本人が持っていたらしく、日本統治時代には、多くの日本人漁業関係居住者が住んでおり、そのままの日本家屋の姿が保存されている。しかし、ここにある今は公園になっている日本式神社に上る階段の横の奉納石碑の日本人名はすべてセメントで塗り固められている。孝徳碑もしかりだった。
 この浦項港や竹島市場をぐるりと見渡せる高台には、海洋関係展望博物館も新たに完成していた。ここの一階では、竹島に駐留していた兵士が一年間そこで撮り続けた写真展を開催していた。その写真展は、韓国全土にて開催されるとのことであった。夏休みの時期だったが、その写真展の入館者はほとんどいないのが現状でもあった。国家あげてのこうしたキャンペーンの実態も知ることも出来た。こうした現実を、現地で見ていくことも大事と痛感した。
 昼食は、アワビ粥。絶品で、美味しかった。
 昼食後には、虎尾串日の出公園へ。新世紀記念に、2000年1月1日の日の出を見ることがきっかけの公園。韓国の最東端に位置し、「相生の手」のユニークなオブジェもあり、その絶景を楽しんだ。しかし、ここの千年記念館にも「竹島」の写真展示コーナーがあった。隣国は徹底している。こうした事実を知ることが大事。隣国のこうした動きや実態を、日本の国会議員や官僚がどれ程、認識して頂いているのだろうか?日本人もソウルや釜山の街中では、多く見かけたが、ここ東端の街では、あまり見掛けることはなかった。是非、日本人に訪ねて、考えて欲しいスポットでもある。姉妹クラブメンバーとはここで一旦、別れた。
 複雑な思いもしながら、釜山へ向かった。釜山は、小学校のPTAホームステイ交流事業実施などでも何度も訪れている。
 ここ数年、釜山の街は変化スピードが凄いことになっている。その変わりように今回も驚かされた。港のコンテナクレーンやその数など、世界有数の港の姿に圧倒された。超大型高級観光クルーズ船の多さにも驚いた。街中では、オーストラリアからの観光客など欧米人もたくさん見かけた。
 夕食は、骨付きカルビ、我がクラブの大人訪問メンバーだけで、反省会を兼ねて、盛り上がった。
 子ども達は、この日も浦項にてホームステイだった。
 食後は、釜山のヤングストリートなどを散歩散策。活気あふれていた。
 
 

プロフィール

Eisaku Aso

昭和37年1月20日生
自然派自由農業者
大分県議会議員
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