あそう栄作の“みんな、どげえかえ”

未明に激震!

 4月16日(土) チャップリンデー、晴れのち雨

 真夜中の一時半ごろ、ドーンと激震が来た。
 いきなりドーンと揺れた後も横揺れが長く続いた。その後も朝まで、余震が続いた。
 由布市で、一人暮らす母の安否を確認。すぐに連絡が取れ、2階で寝るように指示。夜が明けるまで、気が気で無かった。
 今日は、大学同窓会のバス旅行の予定だったが、中止となった。
 早速、まずは地元を一通り巡回し、安全確認。机張原の放生池の堤防の安全確認を行い、あまりに長引きそうな地震の揺れがおさまるようにと思い、柞原八幡宮にお参り、神頼み。勅使門の扉にも隙間が出来ていたり、土壁がところどころ落ちていたり、地震の被害が見受けられた。
 また、県議会災害時行動計画に基づき、メールでの安否確認の結果状況などを確認し、関係部署への連絡を済ませ、実家の母の様子を見に行って来た。農家民泊「つくつく蝉」は、なんとか踏ん張ってくれていましたが、瓦や壁がやられていました。かなり手を入れないといけなさそうでした。また、お墓も一部灯篭等が倒れていました。こちらもかなり、修繕費がかかりそうです。
 母の安全を確認し、由布市庄内町で被害の大きかったところを見てきた。橋爪・畑田・天神山・小野屋地区では、屋根瓦が相当割れ落ちているところがあった。また、由布市庄内庁舎の災害対策本部に顔を出してきた。人命にかかわる被害が出ていない為か、緩すぎる雰囲気が気になった。雨が降り始め、屋根瓦にかなりの被害があるにもかかわらず、ブルーシートが張られていない家屋も見受けられる中、一階ロビーにはブルーシートの配布を行っているもののその情報が被災者に十分伝わっていることの確認も出来ているのかも確認が取れなかった。災害時の情報伝達は、今後の課題かも!救援物資も市町村の出先機関庁までには届けられるものの、その先の避難所まで行き渡るかどうか?そこのガバナンスが問われることとなる。そういう意味では、あまりに緩すぎると感じた。
 

プロフィール

Eisaku Aso

昭和37年1月20日生
自然派自由農業者
大分県議会議員
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