あそう栄作の“みんな、どげえかえ”

天皇、皇后両陛下も出席しての政府主催東日本大震災追悼式の様子に涙した。

 3月12日(土) 財布の日、晴れ

 今朝起きて、朝刊を手にして、昨日の政府主催追悼式での天皇陛下のお言葉全文と被災地3県の遺族の言葉全文を見て、涙が零れ落ちてきた。
 陛下のお言葉の随所に、当時の信じがたい暗たんたる思いや被災地の皆様への想いがめぐらされており、胸が締め付けられた。 
 私達大分の人間にとって、遠い昔のことのように忘れかけている大事なことを思い起こさせて頂いた。
 先日の議会運営委員会において、黙祷の時間をどうするか?議論した。その結果、朝一番に、予算特別委員会冒頭に黙祷を捧げることを決めた。
 しかし、今朝の朝刊の報道を見て、私は何と愚かなことをしてしまったのかと反省した。
 本来、この日のこの時間は、県民の代表である県議会も本会議場において追悼集会をしてもおかしくない。
 天皇陛下のお言葉を賜り、遺族代表の言葉をTVモニターで見て、多くの県民の皆さんと当事者意識を共有することが重要とおもった。
 議会開会中ということもあり、政府主催追悼式には、大分県は議長の代理として議会事務局長が出席したが、他県議長は自ら出席されているところもあったようだ。議会開催時の日程調整に、そうした問題意識があるところと そうでないところの違いを垣間見た。出席していた都道府県の当事者意識は高い。そのような県は、発展し続けているに違いない。
 私の副議長任期中、事前に気付かなかった大きな問題の一つ。私が反省しなければならない。
 東北の大震災のこの日をどう過ごすか?立ち止まって、足元を見つめる大事な一日として、来年から改善することを求めていきたい。
 一日ずれてしまったが、今日は静かに被災地に想いを馳せた。
 東北の地で、幾度かの津波を経験した宮沢賢治の『雨ニモマケズ』を読み返し、MAYAの「そういうものに私はなりたい」の音楽を聞きながら。
~皆にでくのぼーと呼ばれ、褒められもせず、苦にもされず、そういうものに、私はなりたい~

プロフィール

Eisaku Aso

昭和37年1月20日生
自然派自由農業者
大分県議会議員
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