あそう栄作の“みんな、どげえかえ”

平穏に過ごせる背景

10月21日(水) あかりの日、晴れ

今日は、7:30に自宅を出発。県議会を8:00に出発し、宮崎県都城市で開催された九州・沖縄防衛議員連盟総会に、大分県防衛議員連盟会長として大分県からの参加者10数名とともに出席。
県下の各市町村にも議連発足を働きかけ、参加要請したものの、この時期、市町村議会も行事が多く、参加町村議会が大分県は少なかった。日頃の防衛警備並びに災害時の備えをして頂いているにも関わらず、こうしたときの参加が少ないと、大分県はヤッパリH2Oと呼ばれ続ける。これでも、以前に比べると格段の進歩!
今年、大分に於いて防衛白書の解説勉強会や防衛研究所研究員の最新の説明を受けていたので、民間評論家の防衛講話は、私には物足りなかった。
講和後、陸上自衛隊第43普通科連隊・都城駐屯地での訓練を視察させていただいた。連隊長兼駐屯地司令は大分県の国東市出身者だった。とても頑張っており、想定される東南海トラフ巨大地震の際には、第42普通科連隊別府駐屯地との連携も期待でき、心強い。
夜の交流会には、航空自衛隊西武航空方面隊司令官 空将もいらっしゃり、大分港開港50周年記念事業にもご協力を頂く事になっており、ご挨拶させて頂き、大分県からの参加者と記念撮影にも応じて頂いた。
また、今年、南極観測船「しらせ」の大分港寄港は、修理の為のドッグ入りが長引き、先送りとなったが、海上自衛隊 呉地方総監部 の一等海佐にも、来年の寄港に向けての協力要請をさせて頂く機会も得た。
ところで、この交流会の席上の自衛隊関係者の挨拶の中で、16年前の空自の国籍不明機の領空侵犯の可能性事案に対するスクランブル発進後、任務を果たしたものの、厳しい気象条件下で帰らぬこととなった隊員の話も出た。こうした日頃からの厳しい訓練や緊急時案対処防衛警備活動のおかげで、私たちは、平穏に暮らせていることを痛感させられた交流会でもあった。

プロフィール

Eisaku Aso

昭和37年1月20日生
自然派自由農業者
大分県議会議員
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